←  春の夜に聴く横笛のひびき・・・・

 私はこのホーム・ページの最初に”朔太郎”のちからを借りて、

自身の心持ちを表明した。

事実、僕の造るものは、その大半が僕の中に巣食う懐かしい

” のすたるぢや ” からの所産である。

「造形するといっても、それは自己の本来のうちに規定されていて、

また、そこに帰順している。どうあがいても自己以外ではない」 という

諦念を云っているのではないことは当然だ。 

時には自分自身を感動させるような新鮮な構想が浮かび上がってくる

ことが在る。

でもそれは中々長続きはしないものでもある。

”完結した意思”を形として完成させることが出来ずじまいになって仕舞うのである。

それは、往々にして扱う素材の持つ制約といったことに起因する場合が大半である。

柔らかさと固さの挟間を行き来する作業が時間と相俟って中々解決不能な制約を生み

出してくるのである・・・・・・・。

でも、そんなことが何度も続いてしまうと、もう、すっかり自信を失ってしまうし、

めげて仕舞いそうになろことだって・・・・・・。

ここのところ、この”めげて仕舞う”毎日が続いて、中々、制作が進まない・・・・・・。

まったく 土壷に嵌まってしまっている・・・・・・・。

         さあ、記憶よ、

      誰からも邪魔されることのない

         おれ自身よ、

     今こそお前自身の秘法に戻れ

     他の一切の秘法からは

     その力を借りたことのない

     お前自身の秘法に・・・・・。

     そして、謳うのだ

     ありったけの想ひをこめて・・・・・・・。