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 3,11 大地震

 当時アトリエに桃子と裕海と三人でいた。

 

茨城に住んで二十年、ここは常に小規模の地震の多い所だと思って、暮らしてきたのだが、

 このところ、その地震の回数がなんとなく多くなっているのに桃子も僕も気付いていた。

 とはいっても、何かの前兆を感じていたとか、何かを予感していたと言うほどではなかった。

 強い揺れに棚の上からものが落ちてゆくスローモウションを視界に入れながら、「ああ、

 東京が・・・・」と咄嗟に思っていた。

 この瞬き、多くの不幸がこの列島を襲っていたとは・・・・・。

 逝かれた全ての御霊にこの身と心を添わせて祈りつづけます。

 桃子と裕海は外に逃げていた。二人は地上で車がダンスをしているのと視て、尋常ならざる

 ことを知り、見上げた前山の高い杉木立が大きく身振るいして揺れ、真黄色な花粉を降り出し、

 それらが一挙に大空に立ち上ってゆくさまを足元を揺らされながら見上げていたそうだ。後日、

 里の人から、「お山から黄色い雲が湧き上がったかと思った」とその瞬きの情景を聴かされた。

 北西方向から吹いてくる風がアトリエのある白雲山にあたって、いつも上昇気流を産む地形の

 ため、当日は、大きな気象が天空目掛けて、昇っていったのだ。

 アトリエから見上げる「白雲山」、その懐をなす谷の字名を「龍ヶ谷」と呼んでいるのだが、実に、

 この日龍は天に駆け上っていったのかもしれない。

 幸い本窯は煙突を揺すられただけで、大した被害を受けなかった。

 唯、築炉途中の連房式のに登り窯は崩れてしまった。 次男の礼二郎苦心の作であったが、解体

 しなければならない。