前回 英 一蝶とアサギマダラについて書いたが・・・・・
前々回の森田さん(野鳥の会)から、また新しい
「 驚き 」 を教わった。
アサギマダラは海を渡ってゆく・・・・とは
(海面すれすれを飛んでゆく映像をかって観たように思うのだが)
表現としては「波の穂によって渡ってゆく」と言った方が正確であるようだ。
森田さん曰く
揺れてうねる波の穂によって生じる空気の流れを羽で受けて
アサギマダラは海面を 「 滑翔 」 して行くのだと言うのだ。
これは「 すごーい 」ことだ・・・・・!!!!
海面すれすれを飛んで、波から生まれる気流を掴んで、遠い遠い
国へ小さな体で渡ってゆく生命体・・・・・・。
「 脅威のエコ滑空術 」 ではないか !!
人智の未だ及ばぬ航空力学かも知れない。
この話から、古代人が 真摯に自然と向き合い、それを観察して、
丁寧に記述していることを 古事記の中に改めて見出した。
と言っても、
前々回のアサギマダラ幻想にて書いたごとく、
少名毘古那の神が海を渡ってくる場面はアサギマダラの渡海を
想起して書かれたと仮定して「 古事記 」を読んでゆくことが前提だが・・・・、
古事記に曰く
「 かれ大国主の神、出雲の御大(みほ)にいます時に、
波の穂より、天の羅摩(かがみ)の舟にのりて、鵝(ひむし)の
皮を内剥ぎ(うちはぎ)に剥ぎて衣服(みけし)にして
帰り(より)来る神あり。・・・・・」
上記の「 波の穂により 」と書いてあるの部分が気になったのだ。
、
「 穂より 」 とは、如何なることか・・・・
従来の解釈の如く「穂に乗り」 なのか それとも、書かれたそのまま、
波の穂 「 より 」 なのか・・・・・
このことは迂闊には解釈できないことになる。
古事記原文は漢文体である。
正確を期すために引用すると
「 自波穂 」 と表記されている。
即ち「自」は助字の「より」であって決して、
「 乗り 」と狭く限定された意味ではない。
角川文庫の武田祐吉訳注の古事記の中のこの部分の解釈も
「波の穂に乗り」となっているのだが・・・・・・・・
古代人が 「 波の穂より 」 と表現し、記述していることに
私は 心を 「 擱(お)きたい 」 ・・・・・・!!
波の穂の創りだす 「 気流・何かしら作用するもの 」 に 「 より 」
天の羅摩の船に乗って神は来たのだ。 即ち
「波の穂を滑翔して」 少名毘古那は帰(よ)り来たったのではないか。
この神が大国主の前から姿を消す時も奇異である。
日本書紀の記述の中に「一書(あるふみ)曰く」として、
少名毘古那は「熊野の御崎に至りて、遂に常世郷に適(い)でませり」
とも、「淡島に至りて、粟茎(あわがら)に縁(のぼ)りしかば弾かれ渡り
まして、常世郷に適でましぬ 」とも書かれている。
「 粟茎に登り 」と書かずに 「 縁り 」と書いて「のぼり」とルビを振っている。
日本書紀も勿論漢文体で書かれている。
ここでも古代人は注意深く 「 縁り 」という字を使っている。
この字は「ふち・へり、えにし・ゆかり、まつわる・からむ」等の字義を持つ。
実に思慮深い使い方である・・・・・。
少名毘古那の神にたいする古代人の思い入れの深さを感じさせる
ゆかしい表記だと私には思えるのである。
いづれにしても、「 飛行する 」 のが お好きな神様なのだ・・・・・。
いかにもこの「アサギマダラ」の飛行に想起された神様らしいではないか。
こうして、私の推論は俄然力づいてくるのである・・・・・・。
ほとんど翔きをやめ、優雅に滑空してゆくこの蝶の姿はなんと神々しい
気象(けはい)を宿していることであろうか・・・・・。
「英 一蝶 」 と無頼の男に自らを名乗らせたくなるくらい船の上から観た
波の穂をゆく 「一蝶」 は孤高で美しいハナブサであったに違いない。
アサギマダラは神秘の滑空を古代人に魅せて、無頼漢をも魅了して、
超然と大洋に浮いたのである。

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